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京浜東北線209系

もう間もなくE233系の投入を一通り終えようとしている京浜東北線。2年半近くかかった怒濤の置換えがもうそろそろ幕を閉じようとしている。

掲示板等での情報によると京浜東北線に残る209系は残りわずか2編成となっているようで・・・。残存数が2編成となってしまったのでなかなか線内で見る機会は多くないが、今回はたまたま蒲田駅で始発待ちの編成が停車中の様子をキャッチしたので携帯電話で撮影したものであるが公開することに・・・。



掲示板の情報によれば1編成に編成札の下に209系の引退を追悼するプレートが掛かっているのだとか。この時はちょうど2号車に乗車していたので先端部の様子は列車が動きだして後を振り返って観察してみようと思ったのだが、改札へ繋がる階段で209系の先端部を拝むことはできなかった。

209系は京浜東北線内では非常に稀少な形式となってしまったのでホームで撮影している人がちらほら目立っているほど。車内からもフラッシュの光が何ヶ所かで見えた。

京浜東北線でE233系が営業を開始したのが今からちょうどほぼ2年前の2007年12月下旬。あれから2年が経ち、京浜東北線に乗る時はE233系と巡り合う機会が多く、209系を見れるのも今回がこれで最後になってしまうだろうと思った。

ありがとう209系、そして長い間お疲れ様。

運用を終えた209系は房総の内房線・外房線・総武本線・成田線に113系と211系置換え目的で転属したり、南武線の増発用として一部が転属している。来年3月より209系は東金線や鹿島線でも営業を開始する予定だ。

ここから209系が消えると同時に、房総では209系投入の度に113系が順次姿を消している。113系は房総からの撤退と同時に東日本管内から消滅してしまうので、113系の記録もお早めに・・・。

posted by: 新幹線エキスパート | JR東日本 | 12:31 | comments(2) | trackbacks(0) |-
常磐緩行線E233系投入で・・・

今日、大学の友人から常磐緩行線に関するとある情報を聞いた。

常磐緩行線では今年より、JR所有の新型車両であるE233系2000番台を投入することとなっているが、今年はマト1編成の製造によって207系900番台が引退した。

E233系の増備は来年度より本格化し、既存の千代田線乗入れ用のJR車を置換えることとなっているが、その一つが



こちらの203系。201系の製造終了後の1982年より投入を開始、活躍から30年近くが経過することで置換えの矢が放たれたといえよう。207系は試作で1編成のみの在籍であったがこの203系は現在の常磐緩行線の車両としては多数派の形式。

この203系は201系と製造時期がほぼ重なっている上、201系は廃車となっているので運用離脱後は廃車・解体される可能性が高い。

そして・・・



以前には、E233系による置換えの対象からは外れると話したこの209系1000番台。京浜東北線や南武線に投入された0番台とはほぼ製造時期が重なる。ちなみにこの209系、製造時のスローガンは

寿命半分・コスト半分

であった。通常の通勤型列車の耐用年数を30年程度と定めると寿命が半分となれば30÷2=15、すなわち15年活躍したら廃車になるということとなる。実際、京浜東北線では登場から15年近くが経過した地点でE233系に置換えられることとなり、運用を離脱した。京浜東北線の場合、試作車と初期車は廃車され、まだまだ車齢が若い後期車を中心に房総地域のローカル運用や南武線での運用に回されている。

実は彼情報によると、0番台と製造時期がほぼ重なった地下鉄乗入れ対応の1000番台も実はE233系の置換え対象に上がってしまっているようで、当分は撤退しないと思われていたこの形式にもついに置換えの矢が放たれることとなってしまった。

運用を離脱しても特に転属先が見当たらない為、結局は廃車となってしまうみたいだ。

実際、元々置換えの対象と言われていなかったのに突発的に廃車となってしまった例の一つして、南武線の209系の突発的引退がある。

南武線には、0番台が生え抜きで2編成投入された。その後、京浜東北線から撤退した0番台の編成を短編成化、機器更新を行ったした2200番台が配属。この2200番台、当初は予備車確保に回すだけかと思われた。

しかし、ナハ1という、川崎重工製で空気式のドアを持つ、先に生え抜きで投入された編成は9月上旬に運用を離脱し、そのまま長野へ廃車回送されてしまった。また、仙石線の103系置換えで205系1200番台1編成が4両に短縮されて転属した。これが2200番台がもたらした置換えである。南武線には最終的に3編成の2200番台が配置され、最後に転属した1編成を増発用として回す予定となっている。ナハ1の引退は先に落成した205系よりも先であるが、これは検査の際に全て電気式のドアに統一して合理化を図るものとするためであるので、今回の1000番台の引退とは訳が違うはずだ。

だが、常磐緩行線209系の突発的引退は予想もつかなかったこと。初期の209系は耐用年数が15年程度に設定されているから・・・。

在来線の車両の平均耐用年数は約30年。長くて40年以上も現役で活躍できる編成も存在するが、30年は耐用年数としては比較的標準値である。ただ209系の例は本当に稀に見るものの一つ。

15年の耐用年数は新幹線車両では平均的だ。特に今回徐々に姿を消している300系も、1992年の量産車登場から15年後の2007年より本格的に廃車されている。ただ0系や100系のように、初代の足が遅い形式は比較的長い期間活躍できる。ただ最高でも20年程度なので新幹線は新車製造と旧車引退といった世代交代が尋常にないほど激しい。

もし209系の置換えがあるとすれば203系全廃後になる可能性が高いが、耐用年数に達しかけているのでもうボロボロだろうな・・・。

posted by: 新幹線エキスパート | JR東日本 | 22:58 | comments(2) | trackbacks(0) |-
おはようライナー新宿26号

さて今回は、11月某日に乗車した「おはようライナー新宿26号」に小田原駅から乗車したのでこの場で取り上げていこうと思うが、まず最初に、東海道線を走る座席定員制のライナーについて簡単に纏める。

東海道線を走るライナーは平日のみの運転で基本的に朝の通勤・通学時間帯は小田原駅を基点に東京の都心である東京駅、副都心である新宿駅を結んでいる。小田原〜東京間のライナーは「湘南ライナー」とされ、朝の上りは8本(4,10,12号は品川止,16号は平塚始発)、夜の下りは9本が設定されている。これに対し小田原〜新宿間のライナーは朝の上りが「おはようライナー新宿」、夜の下りが「ホームライナー小田原」とされ、上下各3本ずつしか設定されていない。都心へ向かう便と比べれば本数は1/3程度しかないということとなる。

それもそうだ。「湘南ライナー」は特に品川駅を利用する通勤客の需要が高く、特にピーク時に東京駅に着く列車は座席が全て埋る。また私も一度だけ遭遇したが「おはようライナー新宿」では24号(小田原7:05発)の座席が前日22:00頃に全て満席となったこともあった。

ライナー券は1回の乗車につき500円を払えば買う事ができる。乗る号車は指定されるが座席は指定されていないので指定された号車内であれば好きな場所に座ることができるということになる。またライナーの場合はグリーン車にも普通列車のグリーン料金と同等の額(小田原〜新宿間であれば950円くらい)で乗車することができる。ライナー券は当日は発車10分前に販売終了(前日に完売してしまうケースもある)が、グリーン券は発車ギリギリまで購入することができ、グリーン車に関しては好きな車両に乗車してもいいし立ち席乗車も可能。ある意味ライナーでは普通車よりグリーン車の方が格が低いといってもいい。

一方、使用される形式だが、ライナーは基本的に都心へ特急に充当される車両の送り込みを目的に設定されている種別なので、使用される車両は主に特急型での運転となる。まずメジャーなので特急「踊り子」で用いられる185系(9月に撮影したものをここでリンク化,7両か10両か15両のいずれかで運転される)の他、主にライナーとホリデー快速でしか用いられることがない215系がある。215系はオール2階建の10両編成。グリーン車を除き普通車は全て回転不能なセミクロスシートである。215系がはおはようライナー新宿24号をはじめ、東京駅や品川駅に9:00前に到着する便で主に使用されている。

そして小田原〜新宿間の1往復だけ、「たった500円で乗ってもいいの!?」と疑問を抱きたくなるくらい極上な形式で運転されている。それは・・・



特急「スーパービュー踊り子」用の251系。昼間の「スーパービュー踊り子」でこの形式を利用すると全車両指定席なのでそれなりに出費をせねばならないのだが、小田原7:41発のおはようライナー新宿26号では、たった500円(3〜10号車の普通車に乗る場合)を払えば極上さを堪能することができる。251系は夜の新宿21:30発のホームライナー小田原25号でも使用され、ライナーとしては小田原〜新宿間の1日1往復でしか運転されない。

おはようライナー新宿は22号に185系(10両編成)、24号に215系、26号に251系がそれぞれ充当される。22号と26号は小田原発車後にすぐに貨物線に入ることから、貨物線にホームがある茅ヶ崎、藤沢の2駅を小田原駅以外の乗車専用駅としており、渋谷、新宿の2駅を降車専用駅としている。24号だけ平塚〜茅ヶ崎間で貨物線に転線する関係で国府津、二宮、平塚の3駅もプラスで停車する。小田原駅から利用する客は22号と24号で1号車、26号では5号車に乗車することとなっている(グリーン車利用客を除く)。



251系のドアは外開きのプラグドア。300系の初期の一部や500系など、新幹線車両では内開きタイプだが、外開きのタイプは他にもJR東海の371系がある。



5号車の乗降用扉があるデッキには・・・



特急運用時に営業されるサービスカウンターが設けられている。ライナー運用時にこのようなサービスは一切行わないので注意。

そして車内へ・・・。



発車前に隣の号車の客室内を撮影。座席上の荷物棚はまるで飛行機のよう・・・・。見た感じはかなりエレガントである。



前の座席後には折り畳み式のテーブルがないので、外側の肘掛けの横にあるテーブルを使用。実際に使用することはなかったが、とりあえず撮影の為だけに引き出したり入れたりしていただけだ。

そして午前7時41分、列車は定刻通り小田原駅を発車した。



小田原を出ると列車はすぐに旅客線から貨物線へ転線。ここから横須賀線新川崎駅付近までは貨物線を一気に駆け抜ける。小田原〜鴨宮間で酒匂側の鉄橋を渡る。



251系の窓は屋根ギリギリの所までガラス張りになっているので、ダイレクトに太陽の光で車内を温めてくれる。人工の照明はいらないのでは・・・。



国府津駅を貨物線側から通過。国府津始発の普通列車(211系)の先を越すように東上。



国府津の留置線には、付属5両の211系が営業待ちをしている。この列車は沼津から来る列車の前に連結する。



二宮にて・・・。伊東発の520Mの先を越す。

茅ヶ崎駅から先は客が増えるのでここから先の撮影は断念。それ以降は渋谷到着まで一気に爆睡し、エレガントトレインから降りることとなるのだが・・・。この251系は新宿到着後、折り返し伊豆急下田行スーパービュー踊り子5号(新宿9:25発)に切り替わる。他の人にも分かりやすい送りこみの例だな・・・。

posted by: 新幹線エキスパート | JR東日本 | 18:38 | comments(0) | trackbacks(0) |-
池袋発新宿行き!?

ここのところ長引く不況の影響からなのか、毎日のように首都圏では不吉な事故による運転見合わせが続いている。昨日も私が知る限りでは4件(中央線、武蔵野線、東急田園都市線、京成線)発生しており、今日は私の身近な路線である東海道線(18:15頃、川崎〜横浜間で人身事故発生、東海道線の他併走する京浜東北線や横須賀線、湘南新宿ラインにまで響いた)でも起きてしまった。

火曜日には山手線の五反田駅で人身事故が起き、山手線は外回りと内回り双方で運転見合わせとなり、併走する湘南新宿ラインや埼京線にも響いてしまい、埼京線の直通相手であるりんかい線も区間運転で本数を削減する措置をとっていた。その日は大船駅で乗り換えた小金井行きの普通列車が人身事故による運転見合わせの関係で行き先が品川に変更となった為横浜駅で下車後、東急東横線の振替輸送を利用して特急を利用、渋谷駅にいつもより10分程遅れて到着したということもあった。ちなみに東急の振替輸送を利用したのはこれが2度目であった。

まぁとにかく、不況の影響で失業や賃金削減、特にこの時期は企業のボーナス支給もあるが、おそらくこれらの事が要因で線路に飛び込んで列車にひかれてしまうケースが多いに違いない。ただ普通に鉄道を利用する身からすればこの影響による運転見合わせや遅延は精神的にも肉体的にも痛い。なのでまずは故意に列車にひかれて死ぬのは普通に利用している人の立場からしてあってはならないことだし、できればたった一度の人生をそこで台無しにしないで貰いたい。

さて今日のテーマは「最強線」こと「埼京線」。「埼京線」というのはあくまでも愛称であり、愛称としての埼京線は副都心である渋谷、新宿、池袋を縫いつつ大崎〜大宮間を結ぶ路線で大崎側ではりんかい線と(新木場駅まで乗入れ)、大宮側では川越線と(川越駅まで乗入れ)との相互直通運転を行っており、相互乗入れの面も含めて湘南新宿ラインや西武新宿線、東武東上線のバイパス線として大きく機能しているのだ。

ただ正式には大崎〜池袋間を山手線、池袋〜赤羽間を赤羽線、赤羽〜大宮間を東北本線(別路線)として扱われている。この場合、埼京線は元々正式な路線名称ではないこととなる。この例としては他にも京浜東北線が挙げられ、正式区間は大宮〜東京間を東北線、東京〜横浜間を東海道線、横浜〜大船間を根岸線として扱うが、根岸線は乗り換え案内でも普通に使われている為、大宮〜横浜間を見てみるともの凄く違和感があるように感じてしまうのだ。言ってみれば御茶ノ水〜三鷹間に中央線快速(愛称は中央線)と中央線各駅停車(愛称は総武線)があるように東京〜横浜間は東海道線快速(東海道線)と東海道線各駅停車(京浜東北線)が直に見えない所で存在しているのだと感じ取れればいい。

さて埼京線といえば皆さんは何を思い浮かべるだろうか・・・。やはり日頃の通勤・通学の足として埼京線を利用している身であれば「ラッシュ時の激しい混雑」を思い浮かべるだろう。ただ今回の題材はその混雑は一切絡まない。

今回は埼京線の運用面で色々と話していく。種別は「快速」「通勤快速」「各駅停車」の3種。全ての種別で共通するが大崎〜赤羽間と大宮〜川越間は各駅停車で赤羽〜大宮間は快速が戸田公園、武蔵浦和、与野本町の3駅に停車し通勤快速は武蔵浦和のみに停車するという、赤羽〜大宮間ではまさに東北線に劣らない程の速達機能を持っている。

運用は基本りんかい線の新木場駅まで直通するパターンと新宿駅で折り返すパターンの2種類あるが、日中の場合は新木場発着列車は全て快速で運転され、各駅停車は新宿発着となるケースが多いのだが、ラッシュ時にはりんかい線直通列車も多めに設定されている為、ラッシュ明けには少々変わった運用も見られる。



こちらは田町車両センター所属の185系充当の「ホームタウンとちぎ」。1日1往復が設定されており、新宿〜黒磯間で運転されている。この185系は7両編成。東海道線内では特急「踊り子」や「湘南ライナー」などの座席定員制の列車で使用されるが「おはようとちぎ」「ホームタウンとちぎ」での使用の際は田町車両センター出庫後は一度もスイッチバックすることなく山手貨物線の線路に入り通常とは逆向き(大宮方の先頭車は7号車ではなく1号車)で走る。

またまた話がそれてしまったがここでメインに戻る。埼京線の通常の運用体形は大宮(川越)〜新木場・新宿間が基本であるが、朝のラッシュ明けや夕方のラッシュ前には少し変わった運用が設定されている。

それはりんかい線に入る新木場〜池袋間の運用と今回紹介する新宿〜池袋間の1区間のみの運用の2種類。今回は大学の友人が話していたのをかつて聞いた事があるが実際に目撃したのは今回が初という新宿〜池袋間の区間運用の様子を池袋駅で捕らえた時の様子をお届けしよう。

まず池袋駅は湘南新宿ラインと埼京線の分岐点であり、これら2路線は1〜4番線の4線を使用する。側線の1,4番線は埼京線が、中線の2,3番線は湘南新宿ラインが発着する為のホームで1,4番線は有効停車長が10両分しか設けられていない。

ただ朝夕の運用で池袋発着となる埼京線の列車は運輸区の出入庫の関係上1,4番線ではなく基本的に2,3番線を使用している(運輸区から直接1番線に入る事もできるのだが・・・)。今回は埼京線から来た新木場行きの列車と入線時刻が重なった為、新宿行きの区間列車は1番線でなく2番線に入線した。



「ホームタウンとちぎ」と並ぶ205系。この編成が池袋〜新宿という短い距離の区間運用を行うことに・・・。

他にも1区間のみの区間運用は東海道線静岡口で新幹線からの乗り換え客に合わせて三島〜沼津間の1区間のみの普通列車が運転されたり、更には山陽新幹線で博多〜小倉間の「こだま」の運用も終日設定されている。普通池袋〜新宿間であれば山手線を利用するはずだが、この区間でこれに乗っている客は果たしてどのくらいいるのだろうか・・・??

そしてこの列車が発車した時、私は車内の様子を流し見してみた。先頭車である10号車は客が0、2両目の9号車に1人いたと思いきや、最後尾の1号車は意外と乗っている人が多い。これは池袋、新宿の両駅とも大宮寄りの先頭車である1号車が改札へ通じる階段の位置に一番近付いていることからそれなりに乗っているのであろう。

あくまでもこの列車は新宿始発列車の送り込み目的で運転されているので日中は見られず、朝のラッシュ後と夕方のラッシュ前にだけ見れるという貴重な光景の一つである。

posted by: 新幹線エキスパート | JR東日本 | 22:15 | comments(0) | trackbacks(0) |-
蘇我駅の209系

さて、今年9月下旬にも訪れた蘇我駅に、26日の夜にも訪れることとなった。今回はこの記事と照らしあわせて読んで頂きたい。

今回は幕張メッセでのフォーラムで2日間仕事をする関係で蘇我駅近くのビジネスホテルに1泊することとなったのだが、前回の取材が9月ということもあれ、まだ京浜東北線から転属した209系が営業運転を開始していない頃であった。今回はとりあえずその形式の撮影も念頭に置いてみることに・・・。

この日は海浜幕張駅から蘇我駅まで京葉線を利用。現在の京葉線の車両の殆どはかつて別の路線で活躍していたお下がり。



9月の訪問では遭遇しなかった209系500番台。この209系についても京浜東北線から転属してきた編成。

元々京浜東北線には209系500番台が最盛期で5編成が在籍していた。うち2編成は2001年から2002年にかけて、京浜東北線のD-ATC化や増発用に伴う予備編成として中央・総武線から転属、そして残る3編成は2006年に209系の試作車である900番台3編成全てを置換える為に同じく、中央・総武線から転属してきた編成である。これにより試作車3編成は全て廃車となり、中央・総武線にはE231系3本が増投入された。

ただ京浜東北線では2007年12月下旬よりE233系が営業運転を開始するのに合わせて従来の209系の置換えもこれにより開始されることとなってしまった。原形の0番台だけでなくこの500番台についてもE233系により捻出されることとなり、5編成中4編成が2009年1月までに全て京葉線へ転属した。その頃京葉線ではスカイブルーの塗装を纏った201系のうち、10両貫通編成の取り替えが必要となった。これに伴い全4編成(うち2編成が中央線からの転属車)をこの209系4編成で全て置換え、201系の10両貫通編成は中央線編成を含めて全廃した。また2009年9月までは京浜東北線で1編成の209系500番台が活躍し、9月10日を以って運用から離脱した。この編成は京葉線への転属ではなく、中央・総武線に転属する予定だ。

そして2010年夏頃より、京葉線に新型車両のE233系(5000番台)を投入することがJR東日本プレスリリースで発表された。これにより現在京葉線で活躍する全ての形式(E331系1編成除く)がこの新形式で置換えられる事となった。現在残留しているのは201系6+4両分割編成、205系と209系。

4編成ある201系に関してはE233系の分割編成によって置換えられて廃車となる予定だ。基本的に京葉線では分割・併合運用がないが朝夜の混雑時間帯には一つだけ分割・併合運用が設定されているのだ。それは東京〜勝浦・成東間の運用で6両が外房線勝浦駅まで、4両が東金線直通で成東駅までそれぞれ運転され、誉田駅で分割・併合を行う。この運用が絡んで分割編成が必要となる為、E233系でも分割編成が製造されることとなっている。

ちなみに京葉線から内房線・外房線に直通する通勤快速(土・休日は快速)が朝夕の混雑時間帯に設定されており、内房線は君津駅まで(朝の上り1本は上総湊始発)、外房線は上総一ノ宮駅、勝浦駅までの運用がそれぞれ設定されている。

また205系は田の字の窓の試作車4編成を除いて全て転属される計画だ。転属先は主にインドネシアへのジャカルタ近郊が有力候補となり、中間車の先頭車化改造によって日光線や両毛線等への転属の可能性も高い。ただ試作車4本については廃車となり、博物館展示の為一部の先頭車は解体されず、他は全て解体される模様。もし205系の試作車が転属されるのであれば、常磐緩行線の207系も廃車されることはないはずだ。

そして今回紹介した209系は武蔵野線運用へ転用される予定。武蔵野線205系は全てVVVF制御の為、当分別形式での置換え計画はないが、旧来のチョッパ制御車(メルヘン顔)が4編成在籍している。このチョッパの4本を現在京葉線で活躍する209系を8両化して置換える計画となっている。



続いては10月1日より営業運転を開始した房総用209系。一部が2000番台を名乗っている他は基本2100番台を名乗る。こちらの209系はE233系投入により京浜東北線から捻出された209系のうち、原形の0番台を種車に機器更新等の工事を施して改造したものである。先頭車がセミクロスシート化され、行き先表示も原形の209系としては初となるLEDタイプのものに更新されている。また房総地区では分割・併合も行なえるよう4両編成と6両編成が在籍しており、こちらのようにラッシュ時には2つのユニットを組み合わせて10両編成で運転されることもある。

現在は内房線、外房線、総武本線、成田線で営業運転を行っており、2010年3月から鹿島線と東金線でも営業運転を開始する。2011年までに房総地区の全ての普通車が同形式となる。



さて今回の209系投入の目的は主に老朽化した113系の取り替え。113系は活躍から30年以上が経過しており、車体や機械等の老朽化が懸念され、今回の209系転入計画によって運用から外れて廃車となることが確定したのだ。

房総地区の113系は一部横須賀・総武線や東海道線から転入した編成もあり、2006年3月改正での東海道線からの113系撤退以降、東京近郊で113系の活躍が見られるのはこの房総地区のみとなってしまった。また先月の懐かしの113系の旅の記事でも紹介した通り、4両編成と6両編成が各1編成ずつ湘南色に塗り替えられて営業運転に入っている。

今回、首都圏で最後の活躍を見せる113系が209系に置換えられて姿を消せば、JR東日本管内から全ての113系が撤退することになる。現在も2週間おきに長野へ廃車回送が行われており、全廃するのは2010年秋頃を見込んでいる。

また209系投入によって211系に関しても置換えられることとなり、211系はVVVF化されて中央本線に転属。現地の115系(スカ色)は置換えられることとなる。211系は113系全廃後に何らかの動きがある模様だ。

posted by: 新幹線エキスパート | JR東日本 | 13:03 | comments(0) | trackbacks(0) |-
川越へ行く Vol.3

本日は小ネタが続く。今回は川越駅周辺で撮影した川越線について取り上げてみる。

埼玉のターミナル駅である大宮駅からこの川越駅を中間に挟んで八高線の電化区間と非電化区間の境である高麗川駅とを結ぶ、大宮〜日進間以外は全区間単線の路線である。この路線は川越駅を境に大宮側で埼京線・りんかい線と、高麗川側で八高線と相互直通運転を行っているが高麗川側方面へは線内運用に入る列車も存在する。日中の運転間隔は20分おき。この川越駅では相互の列車の接続がきちんと行われているのだ。



東武東上線ホームから見た川越線ホーム。大宮方は基本的に埼京線との相互直通運転となっており、埼京線新宿行きを除けば全ての列車がりんかい線に直通する。写真はTWR70-000系。埼京線では205系の一部編成とTWR70-000系には6扉車が連結されていない関係で6扉が有る編成と無い編成が混在している。この混在例として東急田園都市線や中央・総武線などがある。205系と70-000系の運用は基本分離されていて70-000系はりんかい線直通運用に入るのが基本。

川越線の正式区間は大宮〜高麗川間だが、この川越駅で運用は分離されている。川越〜高麗川間は4両編成の205系や209系で運転される。



折り返しで八高線直通運用に入る209系3000番台。幕タイプの行き先表示は京浜東北線と南武線で活躍した0番台に当てはまるのだが、ローカル運用に備えてドアの半自動ボタンが取り付けられている。1996年の八高線八王子〜高麗川間の電化によって登場した形式だ。



川越駅で並ぶ209系と70-000系。川越線川越駅は2面3線で2線の側線は埼京線直通列車が、中線は高麗川方面(八高線直通列車)が発着している。埼京線直通列車への乗り換えの利便性を高める為に到着列車は埼京線方面列車が停車する方向のホームのドアを降車用として開き、それ以降再び反対側のドアを乗車用として開く。この場合は埼京線方面からの当駅止の列車は出発列車と反対側のホームに入線することとなる。



後追いもバッチリ記録。撮影のコンディションは明るい時間の方が良いのは事実。

そして自転車を返却すべく戻ってきた時にもカメラを構えた。3種類ある形式のうちの2種類目もここで記録した。



こちらも同じく209系であるが、先程紹介した3000番台とは前面のデザインが異なる事から、こちらは3100番台に区分されている。3100番台は3000番台より後に投入された車両で目的は旧来の103系置換え。こちらはりんかい線70-000系の全編成の10両化に伴う編成組換えの際に余剰となった車両をJRが買取って改造したもの。一部中間車を新製するなどして4両編成2本を揃えた。

他にも今回は撮影できなかったものの、山手線から転属した205系3000番台も活躍している。前面が原形と大きく異なる理由は、中間車を流用してその中間車を先頭車化改造したということ。前面の行き先表示はLED化されているが側面は幕回しで、またドアの半自動機能も有する。中間車を先頭車化改造した205系は他にも南武線、南武支線、鶴見線、仙石線で活躍している。南武線では原形と改造の2種類のフェイスを持つ205系が活躍している。



川越折り返しの埼京線205系。生え抜きで登場した頃の前面はこういう形である。前面に6doors(6扉車連結)のステッカーが貼られていない事からこの編成はオール4扉で構成されている。

本日は小ネタが続きますが、下の記事も見捨てる事ないようお願いします。

posted by: 新幹線エキスパート | JR東日本 | 16:55 | comments(0) | trackbacks(0) |-
京浜東北線209系



京浜東北線での活躍も残りわずかとなった209系。500番台は全編成が同線から撤退しているが原形の0番台に関しても5編成もしくはそれ未満の数まで減らしている。

今日の午後は大井町にてNゲージの走行会を行った。さすがに平日だったので私の他に来たメンバーはたった2人だったが、私がそのグループの人と京浜東北線の線路の上に立って連絡を取り合っている間に下り列車で209系がやってきた。今回はバッグからカメラを出しそこねた為携帯電話のカメラで後追いを撮影してみた。

京浜東北線は209系の取り替えの為、2007年より順次E233系を投入している。E233系は2007年12月末より営業運転を開始したが、そのE233系の増備もとうとう大詰めを迎える事となった。京浜東北線へのE233系の投入は今年で終了し、来年から京葉線や常磐緩行線への投入に移行する。E233系の投入が終ればこの209系の京浜東北線での活躍が同時に終了してしまうこととなるのだ。

同じ209系でも京浜東北線から撤退した後は様々な運命を歩んでいる。廃車になった編成、訓練車となった編成(中間車改造だが・・・)、多目的試験車Mue-Trainになった編成、房総地区に転属した編成、南武線に転属した編成。遭遇できる率は今となっては低くなりつつあるが、今回は2編成に遭遇できたのでかなり得した気分だ。前にも話した通り、京浜東北線で209系を見ると反射的に撮影したくなってしまうほどだ。

帰りに大井町〜品川間で同行していた2人と一緒に京浜東北線に乗ったが、さすがにE233系。今では当たり前に見れる形式だ。

さて別件だが、ありがとう207系の旅は今日予約開始なのに何故か即完売したようで・・・。先月の113系の時は実際に乗車し、沿線で撮影していた人に見送られたパターンだったが今回は私が沿線に構える側になってしまいそうだ。ってか、なぜ上原まで来ない!?

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検測車 East i-E

さて今日はちょっと風変わりな列車が渋谷駅をスルーしていったので一枚撮影してみた。いつもならないはずの「列車が通過します」アナウンスを聞き、最初は183系の団臨でもやって来るのかと思っていたのだが、ここに電子音の警笛を鳴らしながら一つの列車が通過していった(183系はタイフォンだから警笛の音はもっとうるさい)。冬が近付くにつれ、日照時間も日に日に短くなっていく。私が学校を出るくらいの時間から既に外は薄暗くなり、17:00になれば夜と同じくらい真っ暗になる。今28Aと51Aが500系だったら、有楽町の夜景と500系とのコラボもまだ健在していたのだが・・・。



湘南新宿ライン、埼京線の線路を走るこの車両はE491系で通称East i-Eと称されている。この列車は営業列車ではなく試験車両。

2002年に勝田車両センターに配置され、配属されてからは主に鉄道の安全性の要となる信号、架線、軌道を測定する為にJR東日本の路線を走って検測を行っている。3両1ユニットで1編成のみの在籍である。

さてJR東日本の検測車のEast i シリーズはこの他にも同型の試験車の気動車版であるEast i-DことキヤE193系や、JR東日本管轄の新幹線(東北新幹線など・・・)の検測を行うE3系状の前面のEast iことE926形がある。E926形は東北新幹線、上越新幹線、長野新幹線の他、ミニ新幹線である山形新幹線と秋田新幹線にも乗入れて架線や軌道、信号関係の設備等の点検を走りながら行っている。また秋田車両センター所属のキヤE193系は気動車なので非電化区間に乗入れて軌道、信号設備等の点検を行う他、備えつけの検測用パンタグラフを使って電化区間の検測も行っている。

分かりやすい例で言えば幸せの黄色い新幹線、通称「ドクターイエロー」なのだろうか・・・。全くの別件だが他にも先日、同じく渋谷駅でこの本線を209系改造の試験車であるMue-Trainもスルーしていったような・・・。

私達が普段利用する鉄道も、陰でこのような鉄道のお医者さんである試験車両が営業列車が安心且つ安全に走れるようにそれらが走りながら軌道、架線、信号関係の3点の状態を確かめ、そして不具合があった場所に実際に作業員が立ち会って修復作業を行っている。ただ今でも信号トラブル等で列車が運転見合わせになることもあるが、こういった車両なしでは私達も安心して鉄道を利用することはできない。

一般客が安心して利用できる鉄道を作る為に、こういった検測車は絶える事なくガタが来るまで頑張り続けている。

またここでも全くの別件となるが今夜、N700系が最高時速330km/hでの走行を行っている

posted by: 新幹線エキスパート | JR東日本 | 21:55 | comments(0) | trackbacks(0) |-
終電

今日はとある事情で帰りが遅くなった。

渋谷に着いた頃にはちょうどホームライナー25号が出るくらいの時間になっていたがライナー券売り切れ、グリーン券を買っても間に合いはしないのでその後の逗子行きを見送り、山手線で動ずる事なく22:05発の小田原行き快速を待った。

22:05に渋谷を出る列車はそれなりに混んでいたが横浜を過ぎれば席が埋る程度の混雑で立っている客はほとんどいなくなった。東京発の東海道線と比べればえらい違いのような気がする。そして小田原到着が23:25頃だった。この頃には東京方面の列車は運転を終了していた。

小田原到着後は後続列車を待っていた熱海行きに接続するがその熱海行きに乗り換えても熱海駅でその後の沼津行きを待つ必要がある。当日券であれば熱海駅で改札を抜けて日付が変わったら再び切符を買い直せばいいのだが定期券を持っているのだから、改札の出入りは自由。熱海駅や国府津駅に夜遅くにいると物騒で怖いが、小田原駅は小田急との接続もあってか意外とコンコースも大きいのでそこで20分くらい待機した。

NEW DAYSは既に閉店しており、改札外のコンビニが全て閉まっているのかと思いきや、小田急OXはまだ営業していた。そこで軽い食べ物と飲み物を調達してホームへ向かった。

沼津行きは4番線から23:52に発車する。この列車は熱海以西、函南、三島、沼津の3駅への最終列車。これを逃せば次の熱海行きの終電で行っても熱海駅で足止めを食らってしまう。今はムーンライトもないので逆に厳しい。

新幹線の最終も運用を終えたこの時間帯は多くの列車が運用を終えて次々と車両基地などへ回送されていく。



奥の小田急のホームを眺める。暗くて見にくいかもしれないが奥に4000形が停車中。小田原止のこの列車は折り返しで小田原〜新松田間にある留置線!? へ回送されていったような・・・・。



小田原〜箱根湯本間の区間運用を終えた4両編成の1000形。23:30頃には小田原駅に到着し、箱根湯本方面への終電は既に終わっている事から電気を落として翌朝の始発までホーム留置の状態に・・・。

ちなみにこの時間の小田急は6両各停の成城学園前行きと町田行きの2本。町田行きが勿論、最終列車となる。

そして3番線には東京から来た湘南ライナーが到着。



185系が一番、ライナーへの充当率が高い。で今回この185系をターゲットにした理由は、全面方向幕が「回送」とも書かれておらず真っ白なままの状態になっていたこと。まぁこれはまだマシな方だが、側面の幕に私はある意味仰天。



「普通」。これって湘南ライナーなの、それとも普通列車なの!? 朝乗った湘南新宿ラインも本来は宇都宮行きのはずなのに表示、自動放送とも何故か小金井行きの設定に・・・。自動放送が流れて以降、女性の車掌さんが「自動放送では小金井行きとなっていますが、この列車は宇都宮線直通宇都宮行きです」と訂正アナウンスを行った。この185系は前に朝の伊東行きの普通列車運用に入っていた時、前7両が「特急踊り子 修善寺」と表示されていた。後5両は「熱海」表示だったが、ラッシュ時間帯にも関らず前7両の乗客は特に動じる事もなく普通に乗車していた。

これ以降「回送」への幕回しが始まったが、1号車と2号車の幕の動きが同時ではなく狂い始めた。「回送」→「快速」→「回送」→「快速」→「回送」 もう一方は「快速」→「回送」→・・・・→「回送」となった。これを見て185系もとうとう老朽化したんじゃないかとふと思った。

そして沼津行きが4番線に到着。この沼津行きは最終だからなのか意外と客は多かった。

posted by: 新幹線エキスパート | JR東日本 | 01:07 | comments(0) | trackbacks(0) |-
懐かしの113系電車の旅 横須賀〜品川間(横須賀線経由)

ここのところ学園祭の準備やその場での仕事等で、帰りが遅くなるやら翌朝は早起きする必要があるやわでどのブログの更新に手を付ける事もできずにいる。学園祭が終れば今まで通りの生活に戻るのでそれ以降は順調に更新できそうだ。

さて、25日の113系の旅も、ここでの公開がとうとう最後になった。あくまで旅の様子を伝えるのが最後となるだけであってこれ以降に1度、113系の車内や外観の様子を徹底的!? に公開していくのでまだまだ113系関連のネタは尽きない。ただその間に新幹線の撮影記を一度入れようと考えているところだ。



横須賀線で複線の部分はこの横須賀駅まで。ここから先久里浜駅までは全区間が単線区間である為、横須賀駅は2番線を当駅折り返し用、3番線を久里浜発着列車の発着スペースとして使用しているのだ。列車は横須賀駅で折り返す為、横須賀始発列車が入る2番線に到着、しばらくは久里浜へ行ったり久里浜から東京方面へ上ってきたりするE217系を眺めるのみであった。



横須賀駅3番線は上り、下り共に一つのホームを共用している。その為行き先表示も上りと下りが入り交じった状態になっている。



まず来たのは、成田空港行きエアポート成田。エアポート成田は毎時1本のみの運転。帯の色からしてまだ機器を更新していない編成だと断定できた。



成田空港行き発車、と思いきや、高校生2人組みが窓を開けて身をやや乗り出しているではないか。一応何らかの事情で駅間に長時間停車した際に車内の換気をする為に窓は開ける事ができる構造になっているが、窓から身を乗り出しながら眺めるとは、非常にマナーが悪く危険としか思えない。前に湘南新宿ラインに乗った時もE231系のBOX席の窓を開けて、犬が車から身を乗り出すような感じで高校生2人が頭を外に出していたし、更には車内を走り回ったり外に向かって何か叫んでいた。だから私は若者が嫌いなのだ。



しかも反対側は電光掲示が「調整中」になっている。

そして横須賀駅に20分程停車した後、列車はスカ色を先頭にして再び発車。



横須賀港。



フェリーや軍用船などが停泊していた。

そして旅は終盤を迎え、添乗員が窓に貼ってあった紙を次々と剥がし始めていった。ただその紙を簡単に捨ててしまうのは非常に勿体ない。鉄道ファンからすればどんなに些細な物であっても保存しておけば価値が高いものになる。なので私は添乗員にお願いし、窓に貼ってあったものの一部を貰う事になった。



まぁ普通の人からすれば単なる紙切れにすぎないとでも思っているのであろう。けどファンにとってはこれも大事な記念品であるのだ。この紙は現在も自宅にあるクリアファイルに閉じられている。



さて、列車は来た道を再び引き返していく。先程撮り逃した京急線との交差部分をきちんと帰りに記録しておいた。交差したのは京急逗子線の線路で、京急は神武寺〜新逗子間を通る際に横須賀線の線路と交差する。

実を言うと東逗子〜田浦間でも京急線と交差しており、京急は本線の京急田浦〜安針塚間にあたる。



先程来た道を引き返すついでに逗子駅に再び停車。



わずか1〜2分程度の停車であったがここで最後尾にいる女性の車掌さんにも注目してしまった。



この後、一つ先の鎌倉駅でも停車。



車内から鎌倉の市街地を眺める。





列車は上りホーム横にあるホームのない退避線に入った。この反対側には



江ノ電のホームがある。たまたま最後尾が屋根で被われている場所に停車した為、江ノ電のホームは残念ながら見る事ができなくなっている。



熱心に記録するファンの姿も多い。



鎌倉駅では後続の普通列車1本を待避。この普通列車が出発して3分後くらいに再び出発した。

そしてここからがラストの始まり。列車は次に大船駅5番線に一旦停車。



行きはここから2つ先の7番線に入線して方向を変えていた。113系にとってはこれが最後の途中停車となった。



東海道線ホームとも隣接しており、そちら側からの撮影者もちらほら見られた。

そして列車は大船駅を出発、ここから終着の品川駅まではどこにも停車せずに横須賀線の線路をひたすら走り続けた。113系がかつて活躍していたフィールドを走るのもこれが最後となった。



長旅の疲れからか、爆睡している旅人も増えてきた。さすがに車内で動き回ったりなどしていると疲れてくるであろう。私も正直言ってこの頃には疲れが出始めてきたがまだまだ記録するものは残っているので起き続けた。




相鉄平沼橋駅を通過。相鉄線だと平沼橋、西横浜の2駅はJRとの併走領域に入るのでJRの車両の撮影にも適している。私も平沼橋駅へ一度撮影に訪れた事のある身だ。





帰りは東海道線に転線することはなく、品川まで横須賀線を走り続けた。帰りは横浜駅は通過。写真を見てみるとかなりの勢いで通過していったように感じてしまう。



東神奈川駅。京浜東北線が停車する他、横浜線の基点の駅でもある。ただ横浜線は東神奈川止のものもあるが一部は京浜東北線に直通し、根岸線大船駅まで乗入れている。東神奈川終点というのも微妙なところだ。



鶴見川を渡って少し過ぎたあたりで東海道線と横須賀線が分岐していく。列車が走っているのは横須賀線だが、奥の地上部分を東海道線と京浜東北線が走る。更にその奥には東海道貨物線の線路もあった。



もう間もなく開業する予定の武蔵小杉新駅。現在までに下り線の線路切り替えが終了している(写真のE231系を参考に・・・)。今後はホーム設置工事などが行われる為に2010年内に仮開業、2011年には完全に開業する事が予定されている。



郊外部に見える2棟の高層ビルも目に入る。こちらはNECの玉川ルネッサンスシティで、地上26階建てのサウスタワーと地上37階のノウスタワーの2本が建っている。ちなみに港区にあるNEC本社ビルよりもこの玉川ルネッサンスシティービルの方が高さが高い。最大級のIT環境が整備されているビルである。



横須賀線は途中から東海道新幹線と併走する。併走するからこそ新幹線も車内から記録したいものだ。ただ最後尾が来る前にシャッターを押してしまった為にミスったと痛感してしまった。今回は300系のF編成とすれ違った。もう間もなく引退する車両同士がお互い顔を並べる結果に・・・。



多摩川を渡れば東京都。東京都まで来れば旅はもう終り。ここからしばらくは直線区間が続く。



西大井駅。この一つ先が品川なので、ここを通過すればもうゴールは近い。



湘南新宿ラインとの分岐点。湘南新宿ラインは西大井駅を少し過ぎるまで横須賀線の線路を通る。新宿方面へ向かう列車は横須賀線の下り本線を跨ぐ為、下り列車が接近すればなかなか前に進む事ができない。



車内でも間もなく品川到着のアナウンスが流れ始めた。車内にいる人々は次々と降りる支度を始めた。





山手線が見えればもう品川到着も同然。品川駅は臨時ホーム10番線に到着。東海道線の下りホームと隣接している。



到着後この113系は折り返し、東京総合車両センターに入庫する。後に方向幕も「団体」から「回送」に切り替えられ、到着から10分後くらいにファンに見守られながら出発していった。







品川到着後、113系が発車する動画を撮影することとなったのだが、113系が発車するまでの間には新型NEXのE259系が行き来する姿が目立つ。

そして隣の9番線にとあるディーゼル機関車がサプライズゲストとして登場した。



こちらはDE11。過去にブルトレの入換を行う際に使用されていたもの。この日はおそらく、東京総合車両センターに入場したのだろうか・・・?

これで113系の旅も一通り終り。次に向かったのは新幹線ホーム。

posted by: 新幹線エキスパート | JR東日本 | 21:05 | comments(0) | trackbacks(0) |-